ケンのトコトコ日記

ゆる〜り旅日記

バイクツーリング

大阪府阪南市箱作[加茂神社(かもじんじゃ)]までツーリング

加茂神社は社伝によると弘仁4年(813年)に創建されたものと言われています。 京都賀茂神社改修の際、御霊箱を加茂川に流したところ箱作の海岸に 漂着したので箱着里(はこつくり)と言われ、その地に加茂神社を建立しました。 // //

大阪府阪南市箱作[田山稲荷神社(たやまいなりじんじゃ)]までツーリング

稲荷神社は祭神は保食神、菅原道真・高龗神、創建寛保年間、 伏見稲荷より分霊を勧請したと伝えられています。 明治26年6月1日当地に移り明治40年11月7日南近義村の村社菅原神社を 合祀して村社となり明治43年3月神神饌幣帛料供進社に指定され 明治44年4月21…

和歌山県岩出市赤垣内[山崎神社(やまさきじんじゃ)]までツーリング

山崎神社は、人皇七五代崇徳天皇の御代大治元(1126)年丙午5月、 鳥羽天皇が根来寺を下山され熊野三山へ向われる途中、 真田の里まで進まれたとき、にわかに天候が変わり、 雷雨はげしく行列を進めることが出来なくなました。 // //

和歌山県岩出市森[荒田神社(あらたじんじゃ)]までツーリング

荒田神社は天正の兵火(秀吉の根来攻め)による焼失の為、 古文書は残っておらず、創祀時などは不明です。 『紀伊続風土記』(江戸時代の紀伊国地誌)では、 祭神を荒田直の祖である高魂命と剣根命とし、 のちに兵庫県の廣田神社と同じく天疎向津姫命・神功…

和歌山県岩出市根来[坂本神社(さかもとじんじゃ)]までツーリング

創立年代等詳らかではないが今尚寛文12(1672)年辰5月(皇紀2332年)と 記された棟札を保存しています。 当根来地区(旧西坂本)には他に御船明神社・山宮大明神社等の 神社があったが次々と今宮神社に合祀され、明治40年坂本神社と改称されました。 // //

和歌山県岩出市北大池[上岩出神社(かみいわでじんじゃ)]までツーリング

上岩出神社は、昔から「白山さん」と呼ばれ、「子安の神」として 信仰を集めてきた神社であり、現代も「白山さん」の名で親しまれています。 旧上岩出村七か字(北大池・東坂本・新田広芝・南大池・水栖・野上野・山田)の氏神様です。 // //

和歌山県紀の川市穴伏[名手八幡神社(なてはちまんじんじゃ)]までツーリング

名手八幡神社は紀伊ノ国紀北御開拓の祖神、丹生津比売大神が 御降臨なされた聖地であり古来より産土神として御奉斎されています。 紀ノ川のほとり、名手に鎮座する古社で江戸時代には名手大明神といい丹生明神、 狩場明神、八幡宮の三社を祀っていて、古来よ…

和歌山県紀の川市東野[王子神社(おうじじんじゃ)]までツーリング

王子神社は、古くは若一王子権現社と呼ばれていました。 本社は一間社春日造りの社殿に、天忍穂耳命を祭神としてお祀りしています。 若一王子とは、熊野権現の若王子のことなので、熊野信仰が盛んになる平安時代末、 いまから900年以前の創建と思われます。 …

和歌山県紀の川市北志野[志野神社(しのじんじゃ)]までツーリング

志野神社は、天言代主命・加具土命・息長帯姫命を祭神とし、 紀の川市北志野の桜池の近くに鎮座し『紀伊国続風土記』によれば、 徳川南龍公の御代にこの北志野の地に人工池(桜池)を創ろうと したところ夜毎に、奇妙な光が辺りに発せられた。 // //

和歌山県紀の川市神領[海神社(うみがみのやしろ)]までツーリング

海神社は平安の時代初期には当地に鎮座していた古い宮です。 祭神は豊玉彦命・国津命の二神で人皇11代垂仁天皇の御代、 明神が熊野の楯が崎に出現するのを見た忌部の宿弥(いんべのすくね)が、 当時に創立したと伝えられる神社です。 第一の鳥居 第一の鳥居…

和歌山県紀の川市打田[東田中神社(ひがしたなかじんじゃ)]までツーリング

東田中神社は旧田中村8社の中、日吉神社、一之宮神社、若宮神社、 中村神社を昭和20年に日吉神社の社地に併せ祀り翌21年東田中神社と 改稱したものであり、本殿4社が並んで居たが、旧中村神社、若宮神社の2殿が 焼失、台風に依り倒壊し復舊出来ず現在の2殿と…

和歌山県紀の川市中井阪[西田中神社(にしたなかじんじゃ)]までツーリング

西田中神社は田中荘8社と云われた神社の中、羊之宮・尾崎八幡神社 ・上野妙見神社・住吉神社の4社を昭和21年に羊之宮の宮地に合せ祀って 西田中神社と改稱されたものです。 // //

和歌山県紀の川市貴志川町[氣鎮神社(けちんじんじゃ)]までツーリング

前回のブログで紹介した大多羅乳女神社(おおたらちめじんじゃ)の となりにある氣鎮神社の紹介です。 当神社は、氣鎮講の講社として祀られ、社伝によれば、 唐和2年2月に鎮座、以来千百年の間、講中の守護神として現在に至ります。 // //

和歌山県紀の川市貴志川町[大多羅乳女神社(おおたらちめじんじゃ)]までツーリング

当神社は、貴志川町丸栖の中心に位置して境内地は550坪を有し御祭神として 伊邪那美命・市杵島姫命を斎き祀っています。 古文書『當大明神宮留書』によると丸栖邑の氏神として 正保元(1644)年からの神社の経歴神事行事が詳細に書かれ、 県史編さん室より貴…

和歌山県紀の川市貴志川町[大國主神社(おおくにぬしじんじゃ)]までツーリング

大国主神社は貴志川左岸にある陽向山に鎮座し 通称(おくにっさん)と呼ばれています。 // //

和歌山市寺内[熊野神社(くまのじんじゃ)]までツーリング

熊野神社は天治2(1125)年鳥羽上皇の熊野三社へご参詣の途中、 当地の弘誓山における奇瑞の御感応によって塔堂、伽藍を建立し 弘誓山大天王院満願寺として開山し、熊野三山の神々を勧請し当地方の 守護神として熊野神社を奉祀せられました。 // //

和歌山市湊[湊神社(みなとじんじゃ)]までツーリング

湊神社の由緒は『木國神名帳』に「従四位豊海の神」と称へられてあり 往時和田浜(千軒)の大地主神として湊奥の坪「カツカ丘」に 鎮座して社殿も誠に壮麗でありしとあります。 しかし明応年間(1492)の大津波により砂中に埋もれ一時前記「カツカ」丘に 移…

和歌山市十番丁[多賀神社(たがじんじゃ)]までツーリング

近江多賀大社を総本社とする全国多賀講組織の1社です。 和歌山県全域、大阪岸和田以南を信仰、布教の対象として江戸時代中頃より 「多賀信仰」を広め「いのち神」「五穀豊饒神」「開運隆昌神」「縁むすび神」 「お伊勢さんの親神」として信仰を集め各村落に…

和歌山県岩出市[大宮神社(おおみやじんじゃ)]までツーリング

岩出市で「えべっっさん」が行われる大宮神社 社伝によると、和銅5年(712)日本武尊を尾張の熱田神宮より勧請し、 その後、康治元年(1142)興教大師覚ばんが根来寺鎮護の神として 総社明神を祀られ、三部権現と称したとあります。 素戔嗚尊はその子神の五十猛…

和歌山市下三毛[上小倉神社(かみおぐらじんじゃ)]までツーリング

上小倉神社は和銅年間(708~)の創立で、金銀銅を以て社殿を装飾し 華麗なこと界隅無比と云うことであったが、 天正の乱(1585)の兵燹に罹り社殿並びに社寺を焼失しましたが その後、慶長年間(1596)に至って再建されました。 // //

和歌山市金谷[小倉神社(おぐらじんじゃ)]までツーリング

皮膚病の神様として信仰のある小倉神社 小倉神社は、旧社名蔵王権現社、明楽神社、明治42年に小倉神社と改名され、 旧小倉之庄(金谷村、吐前村、大垣内村、満屋村、田中村)の総社にて、 鎮座の由来は、坂上田村磨呂和州金峰大神勧請とあり、 その後当社を…

和歌山県海南市下津町[稲荷神社(いなりじんじゃ)]までツーリング

稲荷神社は、往古当地火災の際記録を無くし、鎮座年月日は不詳ですが、 棟札及び、境内鳥居、燈篭等の年号には元和5年を始め 寛文11年、元祿4年、享保20年、明和7年等、約300年以前の建設物があります。 // //

和歌山県海南市下津町[加茂神社(かもじんじゃ)]までツーリング

加茂神社は欽明天皇23(562)年の頃、京都賀茂両大明神を 雄佐素根おさすねなる者が勧請し、下村と梅田の境花渕と称する 所に齋き祀られたと伝えられています。 地名の加茂谷も京都の賀茂信仰が広がるとともにこの地も 賀茂社の神領となり、生れたものであろ…

和歌山県海南市下津町[山路王子神社(やまじおうじじんじゃ)]までツーリング

泣き相撲で有名な神社 山路王子神社は、平安時代より鎌倉時代に於ける、当時の思潮として、 敬神崇祖の傾向が顕著なものがあったが、特に皇室の熊野三山 (熊野本宮大社・熊野速玉大社・熊野那智大社)のご崇敬が厚く忠実によれば、 熊野への御幸は延喜7(90…

和歌山県海南市下津町[立神社(たてがみしゃ)]までツーリング

立神社は、今から1,200年前、京都上賀茂神社より御霊をいただきました。 戦国時代、大野城で山名義理等が栄えたころ、当神社の祭事は盛んで、 財は水田60町に及びました。 // //

和歌山県海南市下津町[四十八所神社(しじゅうはっしょじんじゃ)]までツーリング

四十八所神社の由来は、後鳥羽天皇建久元年(1190)元日の夜、 熊野権現の神が白髪の老翁として現われ、鎌倉の右兵衛佐、 源頼朝公の御枕上にお立ちになり、「紀伊国海部郡の海上に、 一体の御神像が漂流なされています。 // //

和歌山県海南市下津町[粟嶋神社(あわしまじんじゃ)]までツーリング

粟嶋神社は古くから縁結びの神として信仰を集め、現在でも縁結び ・子宝・安産の祈願や、海上や交通の安全祈願などに多くの方が 参拝に訪れています。 // //

和歌山県海南市下津町[橘本神社(きつもとじんじゃ)]までツーリング

ミカン発祥の地、お菓子の神様の橘本神社 橘本神社は、柑橘や菓子業の祖として、また文化の神として広く 崇敬される田道間守命を奉祀する由緒ある神社です。 創立年代は不明であるが、白河法皇熊野行幸の時、 この社で通夜された史実があり、当時(今から850…

和歌山市大川[報恩講寺(ほうおんこうじ)]までツーリング

報恩講寺の由来は承元元年(1207)十二月、法然上人赦免の後 讃岐の配所からの帰路、海上が荒れた為油生浜に漂着しました。 この時、土豪孫右衛門や村人が、上人の慈顔温容を拝し、 上人のお世話をすると共に本願念仏の御化益を蒙り帰依しました。 // //

和歌山市大川[大川八幡神社(おおかわはちまんじんじゃ)]までツーリング

大川八幡神社の創立年代は不詳ですが、『紀伊続風土記』によると、 「前は今の社地より五丁(545m)西にあった住吉神社の境内に鎮座していましたが、 寛永年間(1624~1644)紀州藩士山本十太夫が当所を支配したとき、 村民阿舎梨孫右衛門と協力して現在地に…