ケンのトコトコ日記

ゆる〜り旅日記

神社

和歌山市六十谷[射矢止神社(いやとじんじゃ)]までツーリング

社伝によれば、神代の昔に五十猛命とともに天香山命と一言主命が紀伊国に天降り、 名草山において「伊野止社」と称して崇められていたが、 三韓征伐を終えて凱旋した神功皇后(息長帯姫命)が 雄の湊(現和歌山市雄湊地区)に寄航した際に、 日の御神が一言…

和歌山市市小路[伊久比売神社(いくひめじんじゃ)]までツーリング

伊久比売神社は市姫大明神とも呼ばれています。 楠見地区の産土神で「延喜式」神名帳に載る伊久比売神社に比定され、 「紀伊国神名帳」に「従四位上伊久比売神」とあります。 // //

和歌山市園部[伊達神社(いたてじんじゃ)]までツーリング

船の守神「伊達神社」 伊達神社の創建は不詳です。 承安4年(1174年)の古文書によると伊達神社含め※「紀三所社」は 日前宮近くにあったと見られることから、 現在地の薗部への遷座はそれ以後とされます。 ※伊達神社は志磨神社(和歌山市中之島)、静火神社…

和歌山市府中[府守神社(ふもりじんじゃ)]までツーリング

府守神社は貞観十七年(875年)、此の地におかれた紀伊國國府の 鬼門の守護神として鎮座し、中古白鳥の宮とも聖天宮とも称しました。 明治以後旧名の府守神社に復したが、拝殿正面には聖天宮と記されています。 紀伊国府は六町四方とされていますが、その…

和歌山市加納[塩野神社(しおのじんじゃ)]までツーリング

塩野神社は、持統天皇(645年~703年、在位690年~697年)の御代、 紀伊国名草郡加納庄(『紀伊続風土記』では直川荘六十谷村領上加納)に 塩野大神(別名中津少童尊。『古事記』では中津綿津見命)を主祭神として 奉祭したのが始まりとされてい…

和歌山市鳴神[鳴神社(なるじんじゃ)]までツーリング

鳴神社には「当社は延喜式内名神大社往古紀伊湊を開拓した 紀伊忌部氏により創建せられた。主祭神天太玉命(向かって左側本殿)及び 祓戸の神速秋津彦命 速秋津姫命(向かって右側本殿)を祀る」とあります。 この神社は紀北では伊太祁曽神社に並んでの古社とい…

和歌山市神前[堅眞音神社(かたまおとじんじゃ)]までツーリング

今回は和歌山県の大企業である島精機の近くに 鎮座する堅眞音神社を紹介します。 創建時期は不詳です。 元は鳴神山(次回のブログで紹介します)の麓にあったとされます。 // //

和歌山市田野[衣美須神社(えびすじんじゃ)]までツーリング

海の守神を祀る衣美須神社 古代忌み言葉として、クジラやシャチをエビスと呼んだ漁民がいました。 クジラはイワシを授けるエビス神、シャチは可畏きものとしてのエビスです。 東北では鮭をエビスと呼んでいました。種の王の意味でもあります。 // //

和歌山市川辺[力侍神社(りきしじんじゃ)]までツーリング

力侍神社は当初は和歌山県田辺市本宮町の大斎原(熊野本宮大社の旧社地)に 鎮座していましたが、平安時代中期に現社地の東北方である 神波(こうなみ)の字桑畑に遷座したのが創祀であると伝えられています。 // //

和歌山市岩橋[高橋神社(たかはしじんじゃ)]までツーリング

高橋神社は物部氏の遠祖饒速日命を祀る神社の一つです。 笛不吹明神社と呼ばれ、境内近辺で笛を吹くことを禁じられていました。 古来岩橋村に住む高橋姓、笛吹姓の人々は饒速日命の末裔とされています。 // //

和歌山市禰宜[高積神社(たかつみじんじゃ)]までツーリング

経営の神様とよばれている「高積神社」 髙積神社は、和佐荘祢宜高山(現在の高積山)の上にあり、 古くから「高社」、「高ノ宮」、「高三所大明神」、「高ノ御前」と たたえ奉られていました。 和佐高山の峰に鎮座することから「高」と呼ばれています。 // //

和歌山市松原[武内神社(たけうちじんじゃ)]までツーリング 

長寿の神と云われている武内神社 当地は武内宿禰命(たけうちのすくね)が生まれた地とされ、境内には生まれた際の産湯に 使ったとされる井戸が残っています(建物は享保年間の創建)。 // //

和歌山市宇須[宇須井原神社(うずいはらじんじゃ)]までツーリング

住宅街の中に静かにたたずむ宇須井原神社を紹介します。 井原神社と宇須神社との合併により、明治41年8月10日許可を 受け宇須井原神社と改称しました。 // //

和歌山市冬野[名草神社(なぐさじんじゃ)]までツーリング

今回は自宅より程近い場所に鎮座する「名草神社」を 紹介します。 自宅から近いのですが今まで行ったことがなく、ツーリング帰りに 立ち寄ってみました。 // //

和歌山市内原[内原神社(うちはらじんじゃ)]までツーリング

名草山の南側に面した場所に鎮座する「内原神社」は 緑に囲まれて自然の中に溶け込んでいます。 名草彦命、名草姫命は天道根命の五代の孫で紀の国造でした。 この両神は中言大明神と言われました。神の言葉を伝えるシャーマン的な 支配者でした。 神と民との…

和歌山市紀三井寺[若宮八幡神社(わかみやはちまんじんじゃ]までツーリング

『紀伊続風土記』には、紀三井寺村には北に牛頭天王社と 南に若宮八幡宮とがそれぞれ鎮座とあります。 これらを明治初期に牛頭天王社を若宮八幡宮(現在地)に遷座合併し、 さらに明治四十二年には浜宮神社内に遷座してしいましたが、 昭和二十五年に現在地…

和歌山市毛見[濱宮(はまのみや)]までツーリング

濱宮は「浜宮神社(はまのみやじんじゃ)」ともよばれています。 日前國懸神宮(和歌山市秋月)の元摂社であり、 両神宮の旧鎮座地であるとともに、伊勢神宮元宮(元伊勢)の 1つの奈久佐浜宮(なぐさのはまのみや)であると伝えられています。 // //

和歌山市新魚町[宇治神社(うじじんじゃ)]までツーリング

宇治神社は元来鳥羽上皇の勅願所であり、覚俊上人が長承四年五月四日、 初めて当国葛木山麓に勧請、その後、 康始元年、岩手村吉野川北岸に創建しました。 // //

和歌山市鷺ノ森明神丁「朝椋神社(あさくらじんじゃ)」までツーリング

朝椋神社は創立年代は不詳ですが、『紀伊續風土記』に、 「右社若山鷺ノ森にあり、延喜式神明帳名草郡朝椋神社、 本國神明帳名草郡從四位上朝椋神是なり、此地古樟の大樹あり 白鷺常に其上に群集りしかは、土人鷺ノ森神社といへり、 又九頭大明神と称す」の…

和歌山市元寺町[住吉神社(すみよしじんじゃ)]までツーリング

住吉三神を祀る信仰から生まれた住吉神社は、その創建は 天正年間(1573~1592)のことで、昭和20年の戦災で 焼失するまで住吉町(現在の本町小学校の処)に鎮座していました。 鳥居は「住吉鳥居」と呼ばれる特有な角柱の鳥居です。 // //

和歌山市片岡町[刺田比古神社(さすたひこじんじゃ)]までツーリング

刺田比古神社は延喜式内社、和歌山城の氏神、吉宗公拾い親の神社です。 岡(現在の和歌山市広瀬、大新、番丁、吹上、芦原、新南地区)の 産土神として岡の宮の名で知られています。 // //

和歌山市梅原[大年神社(おおとしじんじゃ)]までツーリング

乾の社として紀州徳川家に尊崇された大年神社 大年大神は須佐之男尊の御子神で、穀ものについて大いなる功があった神です。 鎮座由来は明らかではないですが和歌山城より北西にあり 乾の社として紀州徳川家に尊崇されていました。 明治四十三年栄谷の諏訪神…

和歌山市西庄[木本八幡宮(きもとはちまんぐう)]までツーリング

紀伊続風土記によると、紀國造家祖天道根命が淡路國御原山に天降り、 賀太より馬に乗り木の本に到り、しばらく斎奉り毛見に遷ったと伝えられています。 日前宮の日像鏡を当地の厳橿の木の本にお祀りしたとの社伝と同じ伝えです。 また、神功皇后遠征の帰途、…

和歌山市小野町[水門吹上神社(みなとふきあげじんじゃ)]までツーリング

紀州の十日戎祭発祥の社として有名「水門吹上神社」 水門吹上神社は、「えびすさん」「えべっさん」と呼ばれ、 多くの人に親しまれている和歌山市にある神社です。 毎年、1月9日から11日には、(十日戎)には、大変賑わい、 開運を願う多くの人に参拝されてい…

和歌山市田尻[光圀稲荷大明神(ひかりこくいなりだいみょうじん)]までツーリング

今回は田んぼに囲まれた場所に鎮座する光圀稲荷大明神 の紹介です。 京都の伏見稲荷大社を連想させる朱色で塗られた鳥居が 連続しています。 // //

和歌山市吉田[東の宮恵美須神社(ひがしのみやえびすじんじゃ)]までツーリング

和歌山では「えべっさん」で有名な東の宮恵美須神社の 紹介です。 天照大神の御弟、須佐之男命の御子孫で出雲大社に鎮ります。 大國主神の第一の御子神様で天神の系を承けさせられた尊い神様です。 // //

和歌山市堀止西[神明神社(しんめいじんじゃ)]までツーリング

神明神社は古くは吹上の山に鎮座させられ、天正13(1585)年豊臣秀吉来り、 「当国平安利運長久のためなればとて表指の鎬矢に願書を添えてぞ納めける」と あります。 その後、紀州藩主となった徳川頼宣により、 城下町の裏鬼門の守護神として、寛永5(16…

大阪府岸和田市[浪切神社(なみきりじんじゃ)]までツーリング

浪切神社は浪切ホールに隣接し、浪切不動明王を祀る こじんまりとした神社です。 境内の安全祈願碑からも分かるように、だんじり祭の安全祈願が執り 行われることで知られています。豪快なやり回しが見られることで 有名な「カンカン場」のすぐ近くにありま…

大阪府岸和田市[三の丸神社(さんのまるじんじゃ)]までツーリング

岸和田だんじり祭の起源という説がある三の丸神社 南北朝時代に創建されたと伝えられています。 1703年、岡部長泰(おかべながやす)が民の安泰を祈願するため、 京都伏見から稲荷神を三の丸神社に勧請した。 // //

大阪府岸和田市[三輪明神照友神社(みわみょうじんしょうゆうじんじゃ]までツーリング

ペットのために、健康、長寿、病気平癒を祈願してくれる神社 大阪府岸和田市下松町に鎮座する三輪明神照友神社の紹介です。 画像が逆光のため暗くなり見づらくすみません。 // //